「読み優先の漢字教育の原点」
「子どもの主体を起こす読み優先の漢字教育」の原点は、この研究会共同代表である井上知子さんの子育て体験です。 

 私の長男は小学校に入学したとき、全くひらがなが理解できませんでした。ノートにきれいに書いていたので覚えているものと思っていたのですが、本人は「文字」という認識が無く、読ませてみると全く読めなかったのです。「文字が習得できなければこの子の人生は無い、どうしたら、文字を獲得させることができるだろう。」と必死になって考えました。
 まず、思い当たったのは、「ひらがなは意味を伴わない単なる発音記号だから逆に難しいのだ。」ということでした。そして、「漢字には意味がある。だから、暮らしの中のエピソードを加えて漢字を教えれば覚えるかもしれない。」と私は思いました。読めたとしても書けるようになるかは疑問でしたが、仮に書けなくても読めれば情報をゲットできる、大人になっても文字が読めれば指示が分かり仕事ができると割り切りました。

 また、「この子の主体がどうしたら起きるか」ということについても必死で考えました。この子が「漢字を学びたい」と思わない限り、その習得などあり得ないからです。

 子どもの姿を見ながらあれこれ考えていて、ひらめいたのは「車」でした。
 ミニカーが大好きな子で、何十個もあるミニカーを畳の縁に順に並べる遊びを飽きもせず楽しんでいました。
そこで、尋ねてみました
「君、大きくなったら車を運転したい?」
「したい!」
と目を輝かせて答えました。そこで、かたわらにあった新聞を見せ、
「車を運転するには免許を取る必要がある。そのためには新聞に書いてあるような文字を覚えないと取れないよ。君にその気があるなら母さん、教えるけど、その気ある?」
と問うと
「字の練習をする!」と勇んで答えました。

 そこで、「1日、15分」という約束で毎日漢字の勉強を始めました。
そのやり方は、
 「1日1文字、その漢字で遊び、意味を教え、文を作り、それを読む。」ということで進めました。作った文の中に出てくる漢字は上学年の漢字も全て見せました。そして、その文が確実に読めるようになったら書く、という形で進めていきました。
 ひらがなはその繰り返しの中で自然に習得していきました。

 漢字の習得は、一年の漢字を習得するのに2年がかかりましたが、加速度的に速くなり、確実に意味・読み・形が捉えられるようになった漢字は、数回書く練習をすれば書けるようになりました。そして、6年間ですべての教育漢字を習得できました。

 弟の方も、小学校に入学したとき、兄と同じようにやりたいと言うので、同じやり方でやりました。弟は2年半ですべての教育漢字をマスターし、3年生頃から猛烈な勢いで読書をするようになりました。
 井上さんの漢字教育の方法を、学校での漢字指導に取り入れたら、子どもたちの漢字を学ぶ姿勢も劇的に変わるに違いないと思いました。
 そして、「漢字が読めれば、文が読める」、「文が読めれば、情報が取れる」「知的好奇心に満ちて、自ら学びを求めていく子になる」と思いました。

 そのことを学校教育の中で実証したい、というのがこの取組の出発点でした。