「漢字指導とA君の変容」
~通級指導教室での実践から~
 ここに紹介するのは通級指導教室の指導者であるS先生の実践です。

 通級指導教室に通ってくる5年A君は、学習障害のため、漢字の読み書きが苦手でした。また、言葉の理解も一面的で、例えば、『大造じいさんは会心のえみをもらしました』という文を読んで、「何の実をこぼしたん?」と尋ねるといった具合でした。
 そこで、給食の待ち時間15分を利用し、漢字ドリルを使って漢字の指導をすることにしました。やり方は次のとおりです。

 ①まず読みを覚える
 ②意味を調べる
 ③漢字と意味がイメージできるようあれこれ話す
 *漢字の意味を調べることで熟語や文の意味が分かる
 ④書いてみる
 ⑤覚えにくいものはさらに意味を付け足し覚えやすくする
 寺院・・・寺(じ)は東大寺の寺(じ)
  「院は病院の院、建物っていう意味があるんやで」
 ⑥形の覚えにくいものは唱え書きをする。何度も書くと唱えなくても書ける
  輸・・・1月にリスのせる

 10月から翌年2月末まで4ヶ月間指導した結果、A君の担任から次のような変容がみられたと聞きました。

 ・漢字テストの得点が伸びた
 ・教室で音読する際、つっかえなくなってきた
 ・文章が読めるようになり、テストの理解力の得点が上がった
 ・学習のまとめに自分の言葉で考えを書けるようになった
 ・授業中、教師の話のメモをとるようになった
 ・友達の輪が広がった。女の子にも話しかけるようになった
 
 指導の場面でこんなこともありました。
 「アユ漁の解禁」という文を読み、「『解禁』ってどういう意味だと思う?」と尋ねたところ、最初は「禁止すること」と言ったのですが、「違う。『解』は「解く」という意味だから、禁止を解くのだから、アユを取ってもいいということ」と、単漢字の意味から熟語の意味を正しく推理できる力が育っていることを実感しました。
 最後に、本人の感想をインタビュー方式で聞きました。
質問1 毎日の勉強を終えての感想は次のどれですか
    5.とても良かった
    4.良かった
    3.ふつう
    2.良くなかった
    1.とても良くなかった
答    5です
質問2 その理由を教えて下さい
答   前とかは漢字テストで百点をとれなかったけど、10月に勉強始めて百点を取ることが多くなったからです
質問3 漢字の力はついたと思いますか
答   うん、5です。自信は4です。
質問4 漢字を覚えるコツは、自分では何だと思いますか
答   意味が分かることが大事ってことと、しっかり漢字が読めるってこと。
質問5 漢字の読み書きが出来るようになって良かったなと思うことはありますか
答   前は、テストでわからん漢字が出てきたら「ほんとにわからん」って感じだった。今はすらすら読めるし、分かるようになった。
質問6 漢字の読み書きが出来るようになって、ほかの勉強で役だったことはありますか
答   算数の分数が出来るようになってきた。
 
 S先生の実践からいくつものことが見えてきます。
 まず、読み優先の漢字指導を進めたことで、漢字の習得力が上がったのみならず、学習に向かう姿勢そのものが主体的になっています。
 また、学習だけでなく、他者とも積極的に関わるようになっています。
 更に注目すべきは、「算数の分数ができるようになってきた」という答です。漢字の習得が分数の理解にもつながるとはどういうことでしょうか?これについては次のように分析することができます。
 「9歳の壁」という言葉がありますが、これは具体的な思考の世界から抽象思考の世界に移ることの難しさを言っています。私たちの脳は「言葉」で思考しています。ということは、具体的思考から抽象思考に移るとき、抽象的な言葉が理解できなければ、抽象思考はできないということです。抽象的な言葉は、ほぼ漢字の熟語で表現されています。つまり、漢字習得は抽象思考の世界を開くということになるのです。H小3年のアンケートの中にも、一日一漢字や漢字音読名人に取り組む中で「さんすうのいみがわかるようになった」と書いている子がありました。読み優先の漢字指導は、「言葉の教育」なのだということがこうした子どもの事実から言えるのではないでしょうか。