「驚異の識字率を生み出した寺子屋教育から学ぶ」

 江戸時代、日本庶民の識字率は抜きん出て世界一だった。

江戸時代の幕末期においては、武士はほぼ100%読み書きができたという。 庶民層でも男子で49~54%は読み書きができた。 同時代のイギリスでは下層庶民の場合、ロンドンでも字が読める子供は10%に満たなかった。─ (石川英輔『雑学「大江戸庶民事情」』講談社文庫)
─京都に近く、通商、交通の要所 ( 近江商人の本拠 ) であった滋賀県の読み書き能力が最も高い。男子はほぼ90%、女子でもほぼ半数が読み書きができるとされている。
─   (斉藤泰雄 (国立教育政策研究所)論文より) 

 驚異の識字率を生み出した寺子屋での文字指導はどのようになされていたのだろうか。

 これは、寺子屋で使われていた教科書の1つ「商売往来」。将来、商人になる子どもたちのために作られている。商売に関係した金銭・品物・取引等の言葉を漢字で列挙し、ルビが振られている。

現代の我々から見れば極めて難解に見える漢字の崩し字を、子どもたちは、ルビを頼りに読んでいったのである。学習の中心は「素読(音読)」であった。









 山城国善正寺の寺子屋規則(宝暦五年 1755年)に次のようなことが書かれている。

手本の読み毎日懈怠あるまじく候
高からず下からず差別分明に読まるべき事
読書は随分静かに読まるべく候
大音を揚げ文庫硯箱の蓋などにて拍子を取り大勢一度に相読み候儀無用たるべく候
 

「手本を読むことはとても大切なことなので毎日怠りなく 続けなければならない。」
「読むときの声の大きさは、大き過ぎないように、かといって小さ過ぎもしないように、そして、だらだらと読まないではっきり一言一言明らかに読みなさい。」

「書物を読むときには、できるだけ静かに読むようにしなければならない。文庫や硯箱のふたなどをたたいて大きな音をたてながら拍子をとって、おおぜいで一度に読むようなことはしてはならないことである。」 

 音読について具体的に細かく指示・注意しているのは、それだけ音読を重要視していたということである。
 この音読重視の教育は明治時代にも受け継がれている。
  朝日新聞天声人語欄にこんなことが書かれていた。
─明治期の列車のなかは、けっこうにぎやかだったのかもしれない。人々が音読をする声で。汽車に乗れば必ず二人か三人の少年が「雑誌を手にして物(もの)識(し)り貌(かお)に之を朗唱するを見る」。そんな記述が当時の教育雑誌にある。
 列車だけでなく待合室でも。大人も子どもも。音読の光景は特異なことではなかったと、永嶺重敏著『雑誌と読者の近代』にある。─ (平成29年11月10日朝刊より抜粋) 

 漢字かな交じり文を繰り返し音読することにより、基本的な読み取りの力をつけ、書物から知識・技能を得、思索を深めるというのが、日本の伝統的な国語教育であった。そして、その指導の正しさは、江戸庶民の識字率の高さ、驚異的な速度で近代化を成し遂げた明治時代の日本の国力が証明している。
 学校における漢字指導も、寺子屋教育と同じく「読み優先」の指導が正しいあり方なのではないか。